Collection 作品集

Artist 岡本 祥吾

薬と人形ー2ー

GALLERY ギャラリー

展覧会等で来て頂いた方から色々なことを質問されます。 

その一つが、人形の材質についての事で、「この白い色は何ですか?」と良く聞かれます。 

人形の白い色は胡粉(日本画と同じ)という貝殻の粉で、人形司はこれを膠と混ぜて何層にも塗り重ねます。  

この胡粉も、イタボ牡蠣、帆立貝、蛤、白土などを原料としたものがあり、イタボ牡蠣を基準に、帆立はより暖かみのある明るい白、蛤は硬質な白、白土は下塗りにといったように、同じ胡粉にもこのような違いがあります。  

イタボ牡蠣も帆立も蛤の胡粉も色は皆白色で、化学成分は主に炭酸カルシウムですが、これを西洋とは違った東洋"薬学"的な見方をすると、全くちがう意味を持つ白色になるのです。

漢方薬に"牡蠣"という薬があり、これはイタボ牡蠣の殻を粉砕したもので、その効能は主に沈静作用で精神を落ち着かせ陰を助けると中国最古の漢方生薬の古典「神農本草経」にも記されています。

ということは伝統的な京人形はその薬を膠と混ぜて形にしていく、わかりやすく言うと桐の木の人型に、白い薬の粉を塗り重ねて形にしているということになります。

このことは、人形とは単に人の形で何かを現すだけでなく、違う要素「薬の要素」も持ち合わせていること、またその根幹には呪術的なものも感じられます。 

でも薬の要素とは人が服用してはじめて実証されるものです。  

ではその要素、ここからは"力"といいますが、それはどのように分かるのでしょうか。 

それはまず"美しい人形をただ空間に置く"ということだとわたしは思います。 

美しく力をもった人形は床の間や居間に置かれたときに、その空間が鎮まり、明るくなるように感じることがあります。  

これは人形を"服用"した空間が魅せる効能だとわたしは考えています。  

ただこの力は胡粉だけでは現れません。

わたしが今まで研究してきたことによると、古来の人間は膠にも、それを溶かす水にも、様々な工夫をしていました。

現代では蛇口を捻れば安全な飲める水がでてきますが、その昔は水も薬で綺麗にし、膠も薬で調整して使っていました。

そうして知恵や工夫をして拵えた胡粉、膠、水の三種のバランスがしっかり合わさってはじめて見えない力が形に宿り感じ取れ、本来の力を持った人形になるのです。

だから単に色としての白色だとか接着剤としての膠という意識で作られたものや、「これはそういうものだから」「詳しくはわからない」といった作り手の姿勢から生み出されたものは本来の意味を持たない中身のない形だけのものにしかなりません。

そういうものはいつかは飽きられ、他に代用され、姿を消していきます。

日本では300年、凡ゆる意味"薬"を含めれば2000年の伝統を持った白い人形にとって胡粉はまさに生命と言えるでしょう。

 -岡本祥吾-